「揺れる想い」
ZARDのヴォーカリスト、坂井泉水さんが亡くなった。私は特に熱心なファンというわけではなかったけど、この人の歌はいつも自分のそばにあったという実感がある。
90年代の初めに意味のない横文字の名を冠したバンドが乱立するという奇妙な事象が生じたが、ZARDはその代表格だった。あの当時人気を誇った多くのこうしたユニットの中で長命を保つことができたのは、このZARDのほかにはB'zを挙げることができるくらいだろうか。
当初は“バンド”として認知されていたZARDだが、間もなく実質的にヴォーカルの坂井泉水さんのソロでの活動であることが知られるようになった。人気の理由はあのさわやかな歌声と、気取らずさりげない言葉で青春の哀歓を綴った泉水さん自身による歌詞にあったといっていいだろう。この人の歌を聴く度に生きづらい世の中に新鮮な風が吹きわたるのを感じさせてもらったものだ。
各種の報道では高校野球の春の選抜大会の開会式の入場行進曲に採用された「負けないで」を代表曲として挙げているが、私が一番好きなのは「揺れる想い」だった。今私の手許にはこの二曲を含むアルバム「揺れる想い」があるのだが、ジャケットには歌の世界そのままの清涼感に満ちた泉水さんの美しい姿が写し出されている。在りし日の泉水の面影を偲び、このアルバムの感想を記しておきたい。
「揺れる想い」は甘くさわやかな青春への讃歌。私にはZARDといえばこの曲の印象が強かった。今聴いても当時感じた新鮮さは少しも失われていない。
揺れる想い 体じゅう感じて このままずっとそばにいたい いくつ淋しい季節が来ても ときめき 抱きしめていたい in my dream
コンクリートの街の中で人が機械に支配されるような暮らしをしていても、歌に心を揺るがせる感受性だけは大切にしたいと思いつつ聴いていた、懐かしい曲である。
「負けないで」はシンプルな詞ながら傍らに彼女が寄り添って励ましてくれているような気分にさせてもらえる応援歌。
どんなに 離れてても 心は そばにいるわ 感じてね 見つめる瞳
この歌に勇気づけられてきたファンの方も多いだろう。
「Listen to me」はアップテンポな曲調に等身大の女性のリアルな生活感覚を歌った歌詞を乗せた軽快な曲。メディアへの露出が少なく神秘的なイメージのあった彼女の素顔が垣間見られるような気がする。
イヤになっちゃう 満員電車は Biggest Zoo 乙女心の 髪も 靴もダイナシよ 夢も恋も遠いなんて 淋しいじゃない … Listen to me 飛び出そう ダークグレーの空の色 塗り変え We'll be all right never give it up! 毎朝が新しいページの始まり
リズムにプリンセス・プリンセスの「Diamonds」や本田美奈子さんの「Oneway Generation」と共通するものがあり楽しく聴ける。
ZARDはとても人気のあるアーティストだったけど、表立って好きというのが気恥ずかしいようなところのある存在でもあった気がする。今こうして聴いていても決してうまいとは思わないし、ブレスのタイミングやアクセントの置き方が日本語として不自然に聴こえる箇所が目立ったりもする。それでもあの歌声にふれた瞬間に胸のうちに広がる清涼感はほかでは決して得ることのできないものだ。それはやはり稀有な才能だったのだとあらためて思う。
久しぶりにアルバムを通して聴いてみて最も私の心をとらえたのは二曲目に収録されている「Season」だった。吹き抜ける風のようなさわやかな曲調が耳に心地よく、甘くノスタルジックな情感に心誘われるZARDらしさの際立つ佳曲である。この歌の最後の二行をそのまま坂井さんの魂に捧げたい。
心に刻み込んで I'll remember you and windy season
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