Top本田美奈子さん楽曲の感想 › 「星に願いを」

「星に願いを」

訳詞:渋谷森久 作詞・作曲:Ned Washington, Leigh Harline
アルバム「ラスト・コンサート」(2008.12.10)所収。

本田美奈子さんを巡っては私にはあまりにも悔いることばかり多いのだが、その一つは2003年8月12日にNHK総合で放送された『夢と未来へのメッセージ 魔法の国から子どもたちに贈る歌』という番組に美奈子さんが出演したのを、わかっていながら見逃したことである。この番組は子どもたちに贈る歌という趣旨でディズニーの映画音楽を特集したものだったのだが、この日新聞のTV欄に美奈子さんの名前の記載があるのに気がついて刮目したものの、次の瞬間に「何だディズニーか…」と思ってしまって見る気を失ったのだった。

その後美奈子さんが亡くなった時にはNHKのニュースで「星に願いを」を歌う映像が流れるのを見て、「ああそうか、あの時美奈子さんはこの歌を歌ったのか…」と思い込んで、激しく後悔した。ディズニーの映画音楽の中でも、この『ピノキオ』の主題歌だけはとても好きな曲なのだ。あの時につまらない分別を起こさなければこの歌を聴くことができていたはずなのに、と思うとたまらなく切なくなった。


そんなわけでこの「星に願いを」という歌は私にとってちくりと胸の痛む思い出となっていたのだが、この度あらためてこのことについて調べていて、この私の思い込みは誤りだったことに気がついた。この時美奈子さんは中川晃教さんとのデュエットで『アラジン』のテーマ曲、「A Whole New World」を歌ったらしい。「星に願いを」を歌ったのは、2004年11月27日放送(BS2)の『わが心の愛唱歌大全集』という番組でのことだったのだそうだ。この番組は存在自体を知らなかったので、見ていなかったのは残念ではあるものの、そこに妙な呵責は感じなくて済む。このことを知って、少し心が軽くなった気がする。

肝腎の映像そのものは、昨年夏に川口のNHKアーカイブスで開催されたイベントに参加した際にビデオ・コンサートで見ることができたので、あの時NHKのニュースを見て感じた胸の痛みは、その時に幾分かやわらいでいた。そして、このイベントではもう一つ別の「星に願いを」の音源を聴くことができた。


周知の通り美奈子さんは入院中に骨折のため同じ病院に運ばれてきた恩師の岩谷時子さんのために、ボイス・レコーダーに歌を吹き込んで励ましのメッセージを伝えていた。その時に歌った三十曲近くの歌の中に、この「星に願いを」が含まれていて、昨夏のイベントではその音源を聴くことができるようになっていたのである。この歌唱は実に素晴らしく、ビデオ・コンサートの方で聴いたものに優るとも劣らないものだった。これを何とかしていつでも聴けるようにしてはもらえないものか、と願っていたところ、有り難いことに昨年12月にこの歌を含む19曲を収録した、ボイスレターの音源によるアルバム「ラスト・コンサート」がリリースされたのである。

これら19曲をあらためて聴いてみても、やはりこの「星に願いを」は抜きん出て素晴らしいと思った。病気で入院している時に歌ったにしては、というような留保なしで、十分に優れた歌唱なのである。この歌には歌い終えたあとに美奈子さんが語っているメッセージの部分も収録されているのだが、「病気がよくなってみると」という言葉にあるように、実際に体調もこの時はかなりよくなっていたのだろう。この音源が幸いにして残った以上、正規のスタジオ録音が残されなかったことを惜しいとは思わない。川口でのイベントで聴いた時はノイズがかなり酷かったのだが、アルバム化に当たってはうまく除去されていて、聴き苦しく感じるところはない。


美奈子さんはこの歌を一般的に知られている日本語詞ではなく、恩師の故渋谷森久さんによる訳詞で歌っていた。それなのにどうしたわけかアルバムには訳詞者として島村葉二という名前がクレジットされている。初めこれは渋谷さんが用いていた別名義なのかと思ったのだが、調べてみるとこの方こそが一般的に知られている日本語詞を訳した人であるらしい。とするとこの記載は単なる誤りなのだろう。

美奈子さんは渋谷さんをとても慕っていたそうで、アルバム「」がリリースされた際にはわざわざ墓前に報告してCDの音声を流して聴かせたというエピソードも伝えられている。この歌を渋谷さんの歌詞で歌うというのも相当にこだわりを持ってしていたことであるはずで、こういう大事なところでミスをしてしまう不注意さはいただけない。

それはともかく、島村葉二版の日本語詞というのもウェブ上にあったので読みくらべてみたが、私はやはり美奈子さんと同じく渋谷さんの方を支持したいと思った。特に実際に歌ってみた時に、こちらの方がメロディーに自然に合うように思う。どちらも原詞にくらべると内容が薄くなっているのだが、日本語と英語とでは音節の数にどうしても違いが出てしまうので、これは致し方のないところだろう。


すでに述べたように、この歌には歌い終えた後に美奈子さんが語ったメッセージも併せて収録されている。そこで彼女は「願いごとをするばかりではいけない」といった趣旨のことを述べているのだが、これを聴いて私は、宗教思想家のひろさちやさんが子供の頃におばあさんから教えられた、という言葉を思い出した。ひろさんのおばあさんは「ほとけさまを拝むとき、絶対にお願いごとをするな! “ほとけさま、ありがとうございます”と拝め!」と教えたのだそうで、このことをひろさんは「いまにして思えば祖母は大事な『ほとけのこころ』を教えてくれたのです」と述懐されている(「こだわりを捨てる ‹般若心経›」中央公論新社)。ここに記録されたメッセージと、あの「ありがとう」の詩を考え合わせれば、この頃の美奈子さんは“ほとけのこころ”の真髄を会得していたのだろうな、と思わずにはいられない。


最後になってしまったが、本来は岩谷さんに宛てた私的なメッセージであるこれらの音源を、こうした私たちにも聴けるようにして下さったことに、岩谷さん及び許諾をしていただいたご遺族をはじめとする関係者の方々への感謝を表明したい。特に岩谷さんには申し訳ないような思いもしつつ、大切に聴かせていただくことにしたいと思っている。一部にはこのアルバムのリリースに対して批判もあったようだが、私としては今回収録されなかった歌たちもまた何か別の機会に聴かせていただけることを願っている。

謝辞

美奈子さんの出演した番組と歌った曲目についての情報はケイさんにご教示いただきました。ここに記してお礼申し上げます。ありがとうございました。

記 2009.12.06

blog latest entries

author

author’s profile
ハンドルネーム
sergei
モットー
歌のある人生を♪
好きな歌手
本田美奈子さん、幸田浩子さんほか
好きなフィギュアスケーター
カタリーナ・ヴィットさん、荒川静香さんほか