「Sweet Dreams」
本田美奈子さんはミュージカル女優としての活動が多忙な合間にも、「JUNCTION」と「晴れ ときどき くもり」という二枚のアルバムを制作している。それぞれ渋谷森久さんと牧田和男さんのプロデュースのもと、いずれも丁寧に作り込まれた作品に仕上がっており、これにより美奈子さんはレコーディング・アーティストとしても確かな一歩を踏み出したかのようにも思われるのだが、その後この方面では思わぬ不遇に見舞われることになる。
新たなアルバムの制作を試みるもその計画は頓挫、しばらくは数枚のシングルを発売したりアニメやゲームの曲を歌うといった程度の活動に終始した。結局新たなアルバムの制作はコロムビアの岡野博行さんに見出された後にまで持ち越された。美奈子さんの経歴を振り返る時、この時期の録音面での不遇は—ミュージカルではめざましい活躍をしていたにせよ—返す返すも惜しまれることである。
この時期にアルバムの制作を企図して録音されていた楽曲は、美奈子さんの亡くなった翌年の2006年12月6日にアルバム「優しい世界」として発売された。収録されたのは当時録音されたそのままの音源ではなく、美奈子さんのヴォーカル・トラックだけをそのままに、バッキングは全て小森茂生さんが新たにアレンジしてリミックスしたものである。小森さんはこの当時美奈子さんの歌う楽曲のアレンジを多く手がけていたミュージシャンとのことである。
収録曲にはどれも似たような雰囲気が感じられるのだが—小森さんの単独作業によるリアレンジで聴いているせいもあるかも知れないが—、それにも関わらずアルバム全体を貫く音楽の芯のようなものが全く感じられない。このことは、「JUNCTION」と「晴れ ときどき くもり」がどちらも多彩な楽曲を収録しながらも、そこにそれぞれのプロデューサーの音楽作りへの明確な意志が感じ取れるのと実に好対照をなしている。
それはやはり、この頃の美奈子さんの楽曲制作をめぐる環境があまり恵まれたものではなかったことを物語っているのだろう。当時シングルとして発売された「shining eyes」とMDへのダウンロードという形でリリースされた美奈子さん自作の「満月の夜に迎えに来て」を除いて他の楽曲はお蔵入りにされていたということは、美奈子さん自身これらの楽曲に十分満足していなかったということなのだと思う。
ただしそうはいっても、楽曲制作への志といったようなことはともかく、美奈子さんの歌唱の質自体は他の楽曲と特に変わるところはないので、当時の美奈子さんのことを理解する上で貴重な資料でもあり、ファンとしてはそれなりに楽しんで聴くことはできる。私自身にとっては特に「Sweet Dreams」がゆったりとした旋律で気持ちよく聴ける作品である。聴いていると美奈子さんが夢の中でやさしく傍らに寄り添ってくれるような気分にされせくれる。心が少し不安な夜にはこんな曲でも聴きながら、アルバム・ジャケットのあまりにも可憐な姿の美奈子さんと一時を過ごす甘い夢へと誘われたい。
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