「幸せ届きますように。」
暦の上では春になったとはいえことに寒い日が続く今日この頃、本田美奈子さんのレパートリーの中から心暖まる曲を、と考えていて思いついたのは、楠瀬誠志郎さんの提供による「幸せ届きますように。」という曲だった。美奈子さんの可憐な歌声が軽快でありながらも叙情的な旋律と相俟って、聴く人の心にそっと灯りをともしてくれるような、穏やかで愛らしい作品である。決して超絶的な技巧が駆使されたような曲ではないが、これもまた美奈子さんらしい作品といえると思う。
楠瀬さんはこの曲のほかに「Fall in love with you -恋に落ちて-」という作品も提供しているのだが、こちらは実にドラマティックな愛の二重唱で、「幸せ届きますように。」とはやや性格の異なる作品である。楠瀬さんは「Fall in love with you」では美奈子さんと息の合ったデュエットを聴かせている一方で、この「幸せ届きますように。」ではバックコーラスとして慎ましく作品に彩りを添えている。
「晴れ ときどき くもり」というアルバムにはこうした音楽家の間の、そして聴き手と音楽家との間の親密さを感じさせる作品が多い。これはおそらくプロデューサーの牧田和男さんの人柄や音楽性によるところが大きいのだろう。
歌詞は美奈子さん自身による。この歌詞の着想の源については伝記『天に響く歌—歌姫・本田美奈子.の人生』の中でその一端が明かされている。この本の後書きの中で、事務所社長の高杉敬二さんは美奈子さんは四つ葉のクローバーを集めるのが好きだったというエピソードにふれている。
美奈子さんはアイドル時代から、国内でも海外でも行く先々でクローバーの群生を見つけると四つ葉のクローバーを夢中になって探したのだという。見つけたクローバーは本の間にはさんで押し葉にし、折りにふれてそれをしおりにしてプレゼントするのだそうだ。「幸せになりますように」という願いをこめて。
この歌は頭の中で想像して作り出したものではなく、実体験に根ざした心象風景を歌ったものなのだろう。このエピソードを念頭においてこの歌を聴くと、歌詞をしたためた時に美奈子さんの心に浮かんでいた風景が、まざまざと思い浮かんでくる気がする。
四つ葉のクローバーを幸せの象徴とする言い伝えを本気にしていたというのは、美奈子さんは大人になっても子供の心を失わない人だったということなのだろう。私などは遥か昔の子供の頃に、近所の公園の芝生で母と一緒に探した時の記憶が辛うじて残っているくらいだ。あの時は結局見つけることができたのかどうだったか、それもよく覚えていない…。
本格的に春がやって来るまで、今しばらくはこの愛らしい曲を聴いて暖まることにしようと思う。あの幼い日に私の心に映っていた風景を、あやふやな記憶の糸をたどって思い出しながら。
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