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「この歌をfor you」みたび

作詞:本田美奈子 作曲:MIO 編曲:富田素弘
シングル「ら・ら・ば・い〜優しく抱かせて」(1995.5.10)、アルバム「晴れ ときどき くもり」(1995.6.25)所収。現行のCDでは「LIFE〜本田美奈子.プレミアムベスト〜」UMCK-9115(2005.5.21)、「ANGEL VOICE」TOCT-26255,56(2007.04.28)に収録されている。

先月の31日、埼玉県川口市のNHKアーカイブスで開催されていた「本田美奈子.愛のボイスレター展」に行ってきた。7月の26日から開催されていたのだがこの日はその最終日。毎度のことながら期限ぎりぎりにならないと腰を上げない自分ののんびりさ加減には苦笑してしまう。しかし当初は7月27日しか予定していなかったビデオ・コンサート「天に響く歌声〜本田美奈子.情熱のステージ〜」が好評を受けてこの日にも上映され、NHKに保存されている貴重な映像の数々に記録された本田美奈子さんの華麗なステージの模様を存分に堪能することができた。

ビデオ・コンサートは美奈子さんの様々なジャンルにおける多彩な活動が概観できる充実したものだった。中にはNHKにも映像が残っておらず担当プロデューサーがたまたま個人的に保存していたという極めてレアなものも含まれていた。私にとって最も印象深かったのは鈴木ほのかさんとのデュエットによるミュージカル『ミス・サイゴン』のナンバー「今も信じているわ」だった。もちろんこのミュージカルのライヴ盤でも聴くことはできるのだけど、TV放送用のコンサートの中で聴くこの歌もまた格別のものがあった。しかしNHKの資産はまだまだこんなものではないはずで、その膨大なアーカイブの中にはもっとたくさんの美奈子さんの貴重な映像があるのは間違いない。ぜひ今後またこうした機会を設けて新たな映像を公開して欲しいものである。


この展示会では美奈子さんが入院中に恩師の岩谷時子さんと交わしていたボイスレターに吹き込まれたア・カペラ歌唱がヘッドフォンで聴けるようになっていた。この音源は全部で三十数曲にも上るのだそうだけど、今回はそのうち今年2月にBS-hiで放送された特集番組『本田美奈子.最期のボイスレター』で扱われなかったものも含めて十数曲が公開されていた。その中でも最も興味深い内容だったのが「この歌をfor you」だった。この歌についてはすでに二度までも取り上げでいるのだけど、お気に入りの曲なのでしつこくもう一度語ってみる。

ここでの歌唱で美奈子さんは最後の「この歌を」の部分で大きく音をはずしてしまい、歌い終わった後で自ら「ちょー音痴」といってしょげているのだった。美奈子さん自身の説明によるとその前の「水たまり越して…」のところが高いので、伴奏なしでは低い“を”の音が正しく出せないとのことだった。

ただ美奈子さん自身は“を”のことを気にしていたけど私の耳にはむしろ“この”の部分の方がおかしかったように聴こえた。そして「この歌を」というフレーズは曲中を通じて何度も出てくるのだが尽く音程が狂っていたようだった。「涙を虹に変えて」の“を”などもかなりおかしかった。おそらく体調の影響などもあったのではないかと推察されるのだが…。

しかし私はそれよりもむしろ「眩しくて…」のところで見事に転調をしていることの方に感銘を受けた。特集番組で岩崎宏美さんが「ア・カペラでもちゃんと転調している」ことに感心されていた(残念ながら地上波放送ではカットされていた)のだけど、あれはこの部分のことを仰っていたのではないか、という気がする。

それから以前にも述べたことだがこの歌のスタジオ録音では「…歌ったわ」の“わ”の部分で特徴的な変わった入り方をしている。それが今回聴いたア・カペラ歌唱ではさらに癖のある歌い方になっていた。歌い終えた後のコメントの中でこの部分をひとふし歌ってみせたところでも同様で、特にこの部分で音をはずしたと気にしている様子はなかった。だからこれはあのテイクがたまたまあのようになったのではなくて、美奈子さんが固有の解釈として意図して行ったことなのではないかということが窺われる。ファン仲間の方からは“振幅の大きなヴィブラート”という説得的な意見が提唱されたのだけど、私はあれは一種の装飾音だったのではないか、という気もしている。


本当は最後にもう一度よく聴き返してそのあたりを確かめておきたかったのだけど、ほかの曲の歌唱も素晴らしかったので粘って繰り返し聴いているうちに閉館時間がきてしまい、スタッフの方たちが慌ただしく後片付けを始めたのでそそくさと帰ってきた。これらの音源は10月に出版される書籍の付属CDに4曲が収録されるそうなのだけど、4曲などとけちなことをいわずにぜひ全曲を聴けるようにして欲しいものだ。特に(ノイズがひどいのが残念なのだけど)恩師の渋谷森久さんの訳詞で歌う「星に願いを」は絶品で、私はビデオ・コンサートで聴いた放送用コンサートの歌唱よりさらに輪をかけて素晴らしかったように思った。


それにしてもいつもこの歌を聴いて思うのは、美奈子さんにはどうしてこんなにもやさしく人の心に寄り添うような詞が作れたのか、ということである。この歌にはおざなりの慰めや励ましではない、希望を失った人の心情を本当に理解していなければ決して生み出すことのできない言葉が並んでいる。

美奈子さんは病気のために早逝したことを別にすればとても恵まれた生涯を送った人だったと思う。人気が低迷し歌手として崖っ縁に立たされた時期は本当に苦しかったに違いないが、スポットライトを浴びる華やかな舞台に立つことを夢見てもほとんどの人はそのチャンスさえ手にすることなく終わるのだ。それを思えば周囲に理解者がいていつでもチャンス自体は手にすることができた美奈子さんは恵まれていたと思う。とすると美奈子さんの人の苦しみや悲しみを理解する能力は生まれついてのものだったのだろうか…。


美奈子さんの歌にどっぷりと浸った一日だったが、実はこの翌日は私の誕生日だった。他愛もない空想ではあるが、この日聴かせてくれた歌声は美奈子さんからのプレゼントだったと思い喜びをかみしめることにしたい。

記 2008.09.06

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