「勝手にさせて」
時は今風薫る五月、一年のうちでも最も過ごしやすい時期で、青空の下を吹き抜ける風が心地よい。本田美奈子さんのファンとして、この季節だからということでなく、どんな時にでも風を感じる幸せを忘れずにいたいと思う。今回は美奈子さんの楽曲の中でも五月の風のようにさわやかな一曲を取り上げてみたい。
「勝手にさせて」は美奈子さんがロックバンド“MINAKO with Wild Cats”を結成していた時期に当たる1989年5月に発表した作品である。バンドとしては3枚目のシングルで、2枚目のアルバム「豹的」にオープニング・トラックとして収録された。
曲調は実にさわやかでストレートなロックで、キワモノ的な路線を敢えて突き進むことの多かった初期の美奈子さんの楽曲としてはややめずらしい部類に入るのではないかと思う。ゲイリー・ムーアさんやブライアン・メイさんといったロック・ミュージシャンの大物たちとの共演を通して育まれたロックへの志向が最も純粋な形で結実したのがこの作品といえるだろう。美奈子さんの若さと真っ直ぐなロック魂が心に眩しく映る一曲である。
作詞したのはバンドのメンバーの一人、ギターの Micky さんである。この詞は美奈子さんをイメージして作ったそうなのだが、さすがにメンバーとして身近に接してきた人だけあって、美奈子さんの勝気な性格を実に的確にとらえていると思う。なお、私はつい最近知ったのだけど、1986年4月に女優の秋吉久美子さんが同じ「勝手にさせて」というタイトルの著作を発表している。時期がかなり近接しているので、もしかすると作詞の Micky さん、もしくは他のメンバー、あるいは美奈子さん自身がこの著作に啓発されるところがあってこのようなタイトルの曲が作られたのかも知れない。
Wild Cats のロックバンドとしての一つの弱みは、そしてこのバンドが今一つ人気を獲得できなかった理由の一つは、楽曲の多くを外部に発注していたことにあったと思う。本来演奏の技量と作詞や作曲の資質というのは別のものであるはずなのだが、特にロックの分野では楽曲のオリジナリティーが強く要求れるのが普通である。人によっては楽曲のクレジットに人気作詞家や人気作曲家の名前が並んでいるのを見ただけでもこのバンドをまともな評価の対象から外してしまうのではないだろうか。
それでもこの曲は、作曲の Scott Sheets さん(パット・ベネターさんと共演した経歴のあるギタリスト)は外部の人ではあるものの、メンバーの一人がバンドのリーダーをモデルに作詞したという点で、このバンドの代表曲というにふさわしい作品だと思う。もしこうしたストレートなロックを自分たちの持ち味としてアピールすることができていたら、世の中の Wild Cats に対する評価ももっと高いものになっていたような気がする。バンドとしてのデビュー曲、松本隆さん作詞、忌野清志郎さん(どうぞ安らかに)作曲による「あなたと、熱帯」はあまりにエキセントリックに過ぎたと思う…。
時代を反映してか、サウンドの傾向には同時期にやはり女性のみのメンバーによるロックバンドとして活躍したプリンセス・プリンセスを彷彿とさせるものが感じられる。「自分 変えられない/…/いくら 愛しても」というフレーズなどは「Diamonds」の2番の歌詞、「愛をくれてもあげない」にも似て、颯爽と時代を牽引しようとする当時の女性ロッカーたちの心意気を見る思いがする。
そういえばもう久しく日本音楽シーンでこういうストレートなロックを聴いていない気がする。今は自分の嗜好も関心も変わってきているものの、私の音楽体験の原風景にはBOØWYやプリンセス・プリンセスがあるので、こういう曲を聴いていると何となく郷愁のようなものを感じてしまう。五月の風に吹かれながら、不遇な状況にあってもひたむきにロックしていた美奈子さんの姿を思い浮かべつつ聴き入りたい作品である。
謝辞
Scott Sheets さんについての情報はケイさんにご教示いただきました。ここに記してお礼申し上げます。ありがとうございました。
what's new
- 「私たち一息つけるわ」についての解説を公開
2013年3月28日 - 「Fall in love with you —恋に落ちて—」の感想を公開
2011年11月23日 - 「ニュー・シネマ・パラダイス」の感想を公開
2011年10月31日 - 「踊りあかそう」の感想を公開
2011年9月25日 - 「風流風鈴初恋譚」の感想を公開
2011年8月31日