「エデンの東」
先月本田美奈子さんの歌う「ゴッドファーザー愛のテーマ」について書いたが、美奈子さんは映画音楽の名曲をこのほかにもいくつか歌っている。クラシック音楽が20世紀になって一般の愛好家には理解困難なほど難解なものとなった一方で、映画音楽の分野では誰からも愛される美しい名曲が数多く生まれた。それは取りも直さず多くの才能ある作曲家がクラシックの現代音楽ではなく映画音楽に軸足を置いて活動せざるを得ない状況に置かれていたことの反映でもあるのだろう。そうした背景事情については吉松隆さんの論説が非常に参考になる。まあともかく、理由はどうあれ私たちが今多くの美しい映画音楽を楽しむことができるのは幸せなことである。
エリア・カザン監督による『エデンの東』のテーマ曲などは、まさにその最たる例の一つだろう。作曲したレナード・ローゼンマンは2008年に亡くなっていて、3月4日がちょうど没後3周年だった。調べてみると彼は十二音技法を確立したことで知られるアルノルト・シェーンベルクに師事した経験もあるらしいが、師が追求した作曲の技法上の革新には追随せず、映画音楽の分野で人々の心に残る作品を残したのにはどんな意図があったのだろう。できることならそこのところを訊いてみたかった気がする。
美奈子さんはこの誰もがよく知る名曲に、自作の詞をつけて歌っている。一番の歌詞の終わりで“愛”と書いて“うた”と読ませているのが美奈子さんらしくて、何だか微笑ましい。二番でも同じく“愛”という言葉が出てくるのだが、ここでは素直に“あい”と歌っている。美奈子さんにとって愛とは歌であり、歌は愛そのものにほかならなかったのだろう。
編曲はいつもの通り井上鑑さんで、自身の弾くキーボードが前面にフィーチャーされた作りになっている。欲をいえばこれが生のピアノの音だったらなおよかったのに、という気もするのだが、ともかくそれが美奈子さんの歌声をよく引き立てているのは確かである。
かくしてこの映画音楽史上屈指の名曲は、美奈子さんが隣に寄り添って一緒に歩いてくれているような気分にさせてくれる、あたたかさとやさしさに溢れた歌へと生まれかわった。美奈子さんが聴き手に捧げた精一杯の愛を、ありがたく受けとめつつ聴き入りたい。
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