「APÉRITIF」
1985年4月20日にシングル「殺意のバカンス」にデビューした本田美奈子さんは、その半年あまり後の11月21日に初めてのアルバム「M'シンドローム」を発表している。このアルバムは、その時すでに発売されていた「殺意のバカンス」や「好きと言いなさい」が収録されていないという、めずらしい構成になっていて、美奈子さんが当時からかなり特異なスタンスで音楽に取り組んでいたことを窺わせるものとなっている。
このアルバムには、終曲として「APÉRITIF」という、ちょっとお洒落で魅惑的な作品が収録されている。“apéritif”とは食前酒を意味するフランス語の単語で、元々は「食欲をそそる」という意味の形容詞が派生的に名詞として使用されるものである。
この曲は2007年に発売されたバラード集、「Anthem of Life〜Sweet Ballads Best〜」に収録されたのだが、このアルバムでは曲名が“APÈRITIF”と誤って表記されている。ここでの‘E’につくアクセント記号はアクサン・グラーヴではなくアクサン・テギュでなくてはならない。細かいことを言うようではあるが、こうした無粋なミスはせっかくのお洒落な雰囲気を台無しにしかねないもので、惜しまれるところである。
この曲は美奈子のお気に入りのレパートリーだったらしく、1987年に雑誌のインタビューに答えて「あの詞がいいですよ、いやらしくて。私っていやらしい曲が好きなんです」と語っていたそうだ。ということは、これが何を意味するかというと、聴く方もこの曲を自由に想像を膨らませて聴いても構わない、ということだ(どんな想像かについては多くは言わない)。実際に、聴いていると「抱いて 抱いて/熱いルージュ 召し上がれ」とか「吐息の海/白いシーツのその上を 泳がせて」といったフレーズからは豊穣なイマジネーションが広がっていく。
そうした意味で、この「APÉRITIF」も美奈子さんの多彩なレパートリーの中で特異な位置付けにある作品だといっていいだろう。特に際立って優れた作品というわけでもないだろうし、「Anthem of Life」で初めてこの作品を知った私にとって格別な想い出があるわけでもないが、美奈子さん本人の口で作品の解釈を(あまりにも、といっていいほど)わかりやすく説明し、作品の世界へ誘ってくれているという点で、貴重である。
作詞は秋元康さんだが、この手の詞を書かせるとさすがにうまいというか何というか…。「…マリリン」はどうしても好きになれなかった私だが、この曲は素直にいいと思った。少しずつ長くなってきた秋の夜を、この曲が誘う心地よい妄想に身を委ねて過ごしてみるのも悪くない。
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