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ラフマニノフ 「ヴォカリーズ」 Op.34-14

ラフマニノフは数多くの歌曲を作曲しているが、その中でも最も広く親しまれているのがこの作品である。クラシックにあまり詳しくない人の場合、協奏曲などよりもむしろこの「ヴォカリーズ」や「パガニーニ・ラプソディー」の方がなじみ深いかも知れない。

ヴォカリーズとは声楽の練習などで行われる、歌詞なしで「aaa...」と母音のみで歌う唱法のことで、この唱法によって歌われる作品のことも指す。ラフマニノフの「ヴォカリーズ」は深い憂愁に彩られたロマンティックな旋律により多くの人に愛されてきた。作曲者自身によるオーケストラ版をはじめ様々な楽器のために編曲され、演奏されている。

曲は前半と後半をそれぞれ繰り返すよう指定されているが、ラフマニノフ指揮によるオーケストラ版の録音ではこの反復はどちらも省略されている。器楽曲として演奏される際は反復する際に主旋律楽器と伴奏とでパートが交換される場合も多い。

コーダではピアノが冒頭の旋律を演奏するのにのせて、ソプラノが13度にわたってゆるやかに上昇する対位旋律を奏で、大きな盛り上がりを形成する。このあたりは楽曲の規模こそ異なるものの交響曲第2番の終楽章を連想させる。

ロシアのコロラトゥーラ・ソプラノ、アントニーナ・ネジダーノヴァのために作曲され、彼女と作曲家自身のピアノによって1916年2月7日(ロシア歴1月25日)に初演された。


歌曲集作品34と女流詩人マリエッタ・シャギニャン

この曲は1910〜15年に作曲された14曲からなる歌曲集、作品34の終曲に置かれている。この曲集の誕生には一人の女性詩人が深く関わっている。

ラフマニノフは音符の「Re」を名乗る匿名の女性と文通を重ねていた(ロシア語を含めてほとんどの印欧語にはジェンダーが存在するため書き手の性別は名乗らなくてもわかるようになっている)。彼の生きた時代はロシアの詩の世界の潮流がロマン主義から象徴主義へと転換しつつあった。作曲における新しい技法の開拓には冷淡であった彼は象徴主義にも批判的で、この新たな傾向にどのような態度をとるべきかには悩んでいたらしい。彼の創造を深く理解し、詩の世界における最新の動向にも精通したこの女性との文通は彼にとって大いに助けになったようだ。

彼は自分が曲をつけるのに相応しい詩を選んで欲しいと彼女に依頼した。送られてきたリストに「ほとんどの詩は、私に不快感を催させます」などと不平も述べたが、このやりとりから誕生したのが作品34の歌曲集である。


彼にエドガー・アラン・ポーの詩「」を紹介した匿名の女性ファン(ミハイル・ブキーニクの弟子でマリヤ・ダニロヴァという女性であることがラフマニノフの死後明らかにされた)といい、チャイコフスキーのパトロネス、ナジェージダ・フォン・メック夫人といい、この時代のロシアの芸術家たちの間では文字だけを介したやりとりが流行していたのだろうか。どことなく現代のネット社会を連想させるものがあるように思う。この「Re」と名乗る女性はマリエッタ・シャギニャン(1888-1982)という詩人で、後にラフマニノフと直接会い、彼の自宅で作曲家・ピアニストのニコライ・メトネルも交えて会食(オフ会?) したりもしている。ラフマニノフの創作に影響を与えた重要人物の一人であるばかりでなく、私たちに彼の音楽を理解する手がかりを残してくれた貴重な証言者でもある。

記 2006.06.05
改訂 2009.10.25

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