ラフマニノフ 『けちな騎士』Op.24
アルベルト | リチャード・バークリー・スティール |
召使い | マクシム・ミハイロフ |
金貸し | ヴャチェスラフ・ヴォイナロフスキー |
大公 | アルベルト・シャギドゥリン |
男爵 | セルゲイ・レイフェルクス |
貪欲の精 | マチルダ・ライサー |
指揮 | ヴラディーミル・ユロフスキ |
オーケストラ | ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 |
演出 | アナベル・アーデン |
ラフマニノフの未だ知られざるオペラ『けちな騎士』は金への執着にとり憑かれた守銭奴の哀れな末路を描いたプーシキン原作の悲劇である。登場人物は全て男性で、合唱も伴わないため女声は一切用いられない。オーケストラは低弦の重たい響きに特徴があり、全体に暗く重苦しい作品である。演出のアナベル・アーデンさんは原作にないキャラクターとして、擬人化された貪欲さの象徴をマチルダ・ライサーさんという女優にパントマイムで演じさせた。これによって人を破滅に導く魔術的な力を際立たせることに見事に成功したといっていいだろう。
筋立ては極度の金銭欲にとり憑かれた男爵がそのために身を滅ぼしてしまう物語である。第一場では父親の吝嗇のためにまともな社交のできなくなってしまった男爵の息子が自らの境遇を嘆く。ユダヤ人の金貸しが現れて父親を毒殺を唆すが怒って追い返し、大公に訴え出ることを思い付く。
第二場は全て男爵のモノローグである。その日新たに獲得した金を地下室の長持にしまいながら興奮を抑えきれず蓄財の喜びを語り出す。もしこれらの財産のために流された汗と血と涙が全て押し寄せてきたなら自分はその中で溺れ死んでしまうだろう、とも話すが、同時に長持の鍵束への偏愛をも告白する。
第三場では息子の訴えを聞き入れて大公が男爵を召喚する。なぜ息子に地位に相応しい生活をさせてやらないのかと問われ、男爵は息子の浪費癖のせいにする。隠れて聞いていた息子は興奮してそこに現れ、親子で罵り合いついに決闘を宣言するに至る。さすがに大公に諭されて思いとどまるが、男爵は弁明しながら興奮し、発作的に死んでしまう。
文字にすると実にあっさりとした説明になってしまうが、作品全体に漂う重苦しい緊迫感はただならぬものがある。特に地下室の場での男爵のモノローグは狂気を感じさせる凄絶さだ。
しかしプーシキンにせよ、ラフマニノフにせよ、なぜこのような救いようのない重苦しい悲劇を描こうとしたのだろう。プーシキン(1799ー1837)はラフマニノフ(1873ー1943)より100年ほど前の人物だが、彼の時代には帝政ロシアにも貨幣経済が浸透し、貴族階級から物語の主人公のような守銭奴が輩出されるようになっていたのだろうか。経済の変動をうまく乗り切ることができずに没落してしまった両親の下に育ったラフマニノフは、この悲劇に何を感じオペラにすることを思い立ったのだろうか。
元々貨幣経済のもたらす社会の変動や人心の動揺を情感豊かに描いてみせることはロシア芸術の特質の一つ。チェーホフの戯曲はその最も優れた例なのだが、この作品もそうした系譜に連なる傑作の一つといえるのかも知れない。
最後には男爵は金を貯め込んだ長持の鍵束を握りしめながら息絶える。そしてその遺体の傍らから息子が鍵束を持ち去るところで幕が降りるのだが、それが次の『ジャンニ・スキッキ』の冒頭の場面へとつながっていく。この2作のカップリングの絶妙さを見抜いたヴラディーミル・ユロフスキの慧眼には感服してしまう。
グラインドボーン音楽祭 2004
- ラフマニノフ『けちな騎士』
- プッチーニ『ジャンニ・スキッキ』
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