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美女と野獣 —エレーヌ・グリモーさんについて—

現代を代表する女流ピアニストの一人、エレーヌ・グリモーさんについて紹介したい。グリモーさんというとまず何よりもその美貌によって知られている。私もラフマニノフの2番は“ジャケット買い”をしてしまった。美しい(容姿だけではなく人柄や生き方も)女性を応援することをモットーとする(?)当サイトでも一度はふれておきたかった芸術家である。

ただその演奏スタイルはフランス出身の美人ピアニストという肩書きから受ける印象とはかけはなれたもので、知的で構築的な骨太の演奏を聴かせるのが特徴である。得意なレパートリーはベートーヴェンブラームスとどこか“おじさん”臭い。このギャップこそが彼女の最大の魅力といえるかも知れない。


グリモーさんのCDは何枚か持っているけど、最も好きなのはベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を収録したものだろうか。内省的で優美な曲調が特徴的で、一般的な人気は第5番ほどではないもののそれに劣らず高く評価されているこの曲は彼女の芸風にはまさに打ってつけだろう。冒頭のピアノソロによる導入部から曲の内側に深く沈潜した味わい深い演奏を聴かせてくれる。ベートーヴェンの構築した音楽の骨格を描き出しながら、なおかつそこにほのかな色香が漂っているのが魅力である。ヘッドフォンで聴いていると彼女の息使いまで聴こえてくるのだが、この“吐息”に参ってしまっているファンも少なくないのではないかと推測している。フィルアップの後期ソナタ二曲の演奏も実にチャーミングである。


グリモーさんについて特筆すべきは、いわゆる“共感覚”の持ち主であり、音に色彩を見出すことができるということである。共感覚とは本来互いに独立しているはずの五感の間に関連が生じ、音を見たり色彩を味わうことができるという、少数の人に見られる特殊な現象である。ラフマニノフのCDのライナーノートによると彼女がこのことに最初に気づいたのは10歳の時で、バッハの「フーガの技法」を聴いて色彩が心に浮かんだそうだ。彼女によるとラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は“あらゆる陰影を包含する黒”だという。こうした特殊な感覚は楽曲の解釈にもいかされているのだろう。


もう一つグリモーさんに関してふれておかなければならないのは野生生物の保護の必要性について熱心な啓発活動をしていることである。ニューヨーク郊外の自宅では狼を飼って暮らしている。上記のベートーヴェンのCDのブックレットには彼女が狼と戯れる姿が写真で紹介されているのだけど、これを見ると狼になりたいと思わずにはいられなくなる。

決して徒らに奇を衒ったようなことをするわけでもなく、しなやかな知性と野性から学んだ鋭敏な感性で音楽界に新鮮な風を送り込んでいる、類稀な芸術家である。

記 2007.01.26
改訂 2007.03.10

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